辻邦生

パルテノンの啓示は、美とは、大きな光のように、この地上を包んでいる絶対 一者的存在だ、ということを語っていた。 セーヌの橋上の啓示は、世界が私と一つであり、私と無縁なものなどは存 在しない。森羅万象は私なのだ、ということを示していた。 リルケの詩の啓示は、美の一つ一つが、それぞれに絶対の美の現れだとい うことを語っていた。 そしてこの三つに共通するのは、われわれの生の根拠 につねに美が存在し、それが生のすべてを包んでいる、ということだった。 私は美を求めて物から物へ喘ぐように遍歴していたが、そんな必要はまったくない。美とは、そして幸福とは、いまここにある。それに気づくことが肝心なのだ――そう思ったとき、一挙に、溟濛の霧が晴れるのを感じた。